出身大学の関西学院大学同窓会ドイツ支部の会報誌「ラインの翼」6月号にて、
アートセラピーに関する記事を書かせて頂いたので、こちらにもご紹介します。
同窓会のメンバーは、ドイツ・デュッセルドルフでご活躍される駐在員の方が中心ですので、
今回は、社会や企業とアートのつながりの切り口から書き起こしてみました。


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こんにちは。2016年から関学同窓会ドイツ支部に参加させて頂いているブレーメン在住の宮田です。
この度は私が2011年からドイツの大学で専攻しているアートセラピーについてご紹介したいと思います。こんなドイツの一面も知っていただけたら幸いです。
いきなりアートセラピーのことを話す前に、まずは日頃から何気なく使われる「アート」という言葉について。
皆さまは日頃、この言葉とどんな関わりをお持ちでしょうか?
昨今、世界各国で、アートと社会のつながりに関するプロジェクトや、それを生かした都市戦略の研究が盛んに行われています。日本でも瀬戸内国際芸術祭など、企業のバックアップによるアートを通じた村おこしの事例が有名です。
今、アートは、美術館や芸術家のアトリエを飛び出して、誰にも関わりのあるものになった時代と言えるでしょう。社会、メディア、経済、政治、そして心理学・・・芸術大学だけの専門分野ではなくなり、総合大学の関学出身の私がここへ辿り着いたのも、自然な流れだったように思います。
この「アート×社会」のねらいは、アートという自由な解釈を通じて、社会をより違った形で、柔軟に捉えなおすこと。
物に困らなくなった単調な日常、または閉塞した社会、緊迫した情勢に新しい風や進化を生み出せるのではないか・・・こうしたアートの役割が今、注目されています。
これからご紹介する欧米のアートセラピーとは、このような社会におけるアートの役割を担う分野の1つ、「アート×個人」のアプローチ。アートの役割を、個々の一人ひとりの日常や生活の質の向上を目的に、落とし込んだものです。

ベルリン・シャリテー大学病院のアートセラピールーム
アートセラピーは、まだ日本では聞き慣れない分野ですが、
ドイツ、またアメリカやイギリスの欧米諸国では、病院、ホスピス、教育機関、福祉施設等で心理療法として取り扱われ、
アートセラピストという職業が存在しています。
病院内の治療として、健康保険が適応され、ドイツ国内の精神科のある病院のうち、常勤は57%、非常勤を含むと89%の病院に、アートセラピーの機会が備わっているのが現状です。(Deutsches Krankenhausinstitut 2011調べ)
学術的には、J.フロイトやC.Gユングによる深層心理学が本格的に花開いた20世紀初旬から、精神分析学的に、またピカソやパウル・クレーなど、近代・表現主義時代の芸術家たちによって、人の心と芸術表現のつながりについて、深い洞察が始まったのがきっかけです。
アートセラピーでは、本人自身が作品を作ることが基本となります。
作品づくりのうまい下手は関係ありません。人に見せるための作品を作るわけではないのです。趣味の創作教室とも違うのは、その点にあります。
アートセラピーのメカニズムを説明するのは非常に複雑ですが、
ここで一度、私たちが抱えているメンタルの傾向について、考えてみましょう。
現代社会の特徴を言葉で表す時、ドイツ語でよく“Leistungsorientiert“、
業績や能力主義、結果、形式や順位重視といった意味の言葉がよく使われます。
人と比べる、競争することは社会の発展と秩序に不可欠な要素です。
しかしドイツ、日本ともに、社会が成熟した先進国においては、人は社会的役割と責任を担い、子供たちもそういった大人たちに囲まれて育つことで、私達の日常の大部分は、知らず知らずのうちに、一定のものさしで構成されがちになっています。
一方で、本来、人間とは、このものさしの枠におさまり切らない、もっと一人一人ちがった感性や知覚を持っています。
緑色のツル科の植物がどこまでも茎をのばしていくような、もしくは、あざやかな蝶が掴みようのない曲線で舞うような、自由でとてもエネルギッシュな感受性が、どの人の内面にも備わっているのです。
日頃、ふとした時に「最近、運動不足だな、自分の筋肉のバランスのこととか、意識したことなかったな」などと思い返して、
意識的に運動を取り入れるようにすることはないでしょうか?
身体だけでなくメンタルにおいても、このような、日頃使われにくい部位を意識してメンテナンスすることで、
凝り固まっていた思考や気持ちがほぐれて、活性化したり、新しいアイデアのひらめきに繋がったりします。
アートセラピーは、そんな心の健康のためのアートと言えるでしょう。
材料は色彩絵の具やクレヨンや粘土、木工など。肌で触るというのはとても大切で、
色彩や触感など、アート素材は五感を刺激して、自然と創作意欲を促してくれます。
そして自由な空間。例えば絵を描く場合、目の前の白い紙の中は、なにをしても許される、失敗もできる、自分だけの世界です。
常識や経験則、他人の目をここでは意識する必要がなく、
ふとしたアイデアを試し描いたり、修正したり、気持ちを解放することができます。
創作行為では、ただ言葉で話すのではなく、
子供が「ごっこ遊び」から多くを学ぶように、疑似体験として、内面の自分の感情や思うことを外に表現することができます。
この遊びの要素こそがアートセラピーの要で、
小児科医で精神分析家のW.ウィニコットは、子供の遊びは、大人における芸術活動にあたると述べています。
この遊びごころこそ、車のハンドルの"遊び"のように、活動の円滑さに不可欠な、こころのゆとりではないでしょうか。
このように、芸術創作を通じて、いったん社会や日常の慣れた枠を離れること、
メンタルの根本の部分に体験的に働きかけ、ニュートラルの自分に戻ろうとすること、
それがアートセラピーのコンセプトです。

ベルリン「家族の家」にて、仕事あがりに迎えにきたお父さんも交えて、
ファミリー・アートワーク
私自身はこれまで、ドイツの病院内のセラピーのほか、ベルリンの市営遊び場施設「家族の家」や、ホームレスやアルコール依存症の支援施設、青少年相談窓口のカウンセリングルームなどで仕事をしてきました。職場では、アートセラピーを通じて、自信を取り戻したり、自分の魅力を確認できた患者さんたちのホッとしたような涙や、嬉しそうな笑顔を見ることができます。こういったメンタルケアが準備されている社会環境を経験でき、ドイツまで来てよかったと感じ入る日々です。
このほか、ドイツではガンの緩和・終末期ターミナルケア病棟にも、患者さんとその家族向けにアートセラピストがいて、家族との時間や人生への問いとの向き合いを、深くサポートしています。
また、病院や学校でのセラピーとしての機能以外にも、1970年ごろから、欧米の美大ではKunst in Unternehmen(企業とアート)という重点分野も置かれ始め、企業の社員教育・理解交流の機会などにアートワークは一役を担っています。昨今のIndustorie 4.0など、先端技術と社会改革に各企業でイノベーション思考が求められる中、常に人間らしさとは何かを問う「アート」という柔軟なアプローチの可能性は、より広がっていくだろうと感じています。
次回の2017年秋の関学同窓会ドイツ支部の文化行事では、アートセラピーにちなんだ参加型ワークショップをさせて頂きます。少しの時間ですが、皆さまに自由創作を気軽に楽しんでいただけたらと思います。お会いできるのを楽しみにしています。
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